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国内最高性能の新スーパーコンピュータ「Oakforest-PACS」が
日本の計算科学の新たな可能性を開拓する

2017年4月より本格的な運用を開始した国内最高性能を誇る「Oakforest-PACS」

▲ 2017年4月より本格的な運用を開始した国内最高性能を誇る「Oakforest-PACS」。
※写真提供 : JCAHPC

 2016年12月、筑波大学計算科学研究センターと東京大学情報基盤センターが共同で運用するスーパーコンピュータ「Oakforest-PACS」が稼働を開始しました。同年11月の性能ランキング「TOP500」で6位にランキングされ、日本のスーパーコンピュータとしては、「京」を上回る国内最高性能システムとして認定されました。東京大学とともに「Oakforest-PACS」の運営を推進する筑波大学計算科学研究センターの梅村雅之センター長に、2大学共同調達や同システムを用いて推進される研究などについて、お話をうかがいました。

梅村 雅之
Masayuki Umemura

筑波大学教授
筑波大学計算科学研究センター長

梅村雅之様

ユーザーが使いやすいシステムを目指す

──東京大学情報基盤センターと共同で「Oakforest-PACS」を導入することを決めた経緯についてお話しください。

梅村(敬称略) 東京大学・京都大学・筑波大学の3機関による連携共同研究「T2K Open Supercomputer Alliance」(2008年)については、すでに東京大学・中村センター長からお話があったと思いますが(前回のインタビュー記事参照)、「T2K」を何のためにやったかというと、「ユーザーにとって使いやすいHPC環境をつくること」が狙いでした。各大学の情報基盤センターのスーパーコンピュータは、それぞれが独自の判断で詳細仕様を決め、独自の運用方針に基づいてシステムを調達していますが、ユーザー側からみると、CPUも含めていろいろなアーキテクチャ、それぞれのスペックがあり、最近ではGPUなどもあって、それこそ多種多様なわけです。各分野の研究者たちが、お互いに同じプログラムを使って計算しようと思っても、大学が違うと、それぞれのシステムに合わせてプログラムを最適化しなければなりません。ユーザーの立場からすれば、「もう少し使いやすい方法があるのではないか」、「せめてアーキテクチャが共通の仕様になっていれば」と思いますよね。これが「T2K」のおおもとの発想でした。もちろん実際には各大学によって情報基盤センターの運営方針が違いますから、すべての大学が足並みを揃えるのは簡単なことではありません。それでも3大学が連携して、共通の基本構造を持つT2Kシステムを導入し、高速広域ネットワークによるグリッド運用を可能にしました。このとき筑波大学が導入した「T2K-Tsukuba」は、当時「TOP500」で世界20位にランクされ、国内でも2位の計算性能を達成しました(2014年2月に運用終了)。こうした、ユーザーにとっていかに便利で快適なシステムをつくっていくかという姿勢が、今回の2大学で1つのシステムを調達し運用開始した「Oakforest-PACS」にも受け継がれています。なお、同時期の国内1位は東京大学情報基盤センターの「T2K-Todai」でしたので、Oakforest-PACSではこの国内1・2位の両T2Kシステムが手を組んだということになります。

──初めに計算機があって、利用者はそれに合わせて使っていくという通常のやり方ではなく、利用者にとって使いやすいシステムの開発、計算環境の整備という考え方が、根底にあるということですね。

梅村 計算機を開発する側の“お仕着せのもの”では、ユーザーに有効に活用してもらうことはできません。ユーザーサイドに立って便利で使いやすく、性能がよいものを開発することが重要です。こうした考え方は、筑波大学計算科学研究センターの前身ともいえる計算物理学研究センターが設置された1992年、いやそれよりずっと以前、1970年代末に開始された科学技術計算用並列計算機「PACSシリーズ」の開発とともに、脈々と受け継がれています。1992年に始まった超並列計算機「CP-PACS」開発プロジェクトは、物理学の研究、なかでも素粒子分野の基礎理論である格子QCD(量子色力学)シミュレーションを推進するための計算機開発を目的として動き出し、1996年に完成しました。目的を絞り込んで、ユーザーが本当に必要な計算機を構築するという考え方で開発された計算機でした。日本の超並列計算機の先駆けともいえる「CP-PACS」は、当時の「TOP500」リストで世界第1位に認定され、素粒子分野で最先端の計算を行い、高い成果を生み出しました。私がセンターに来たのもそのころで、この計算機がほかの基礎物理学分野にも使えることを実証しようと、私が取り組んでいた宇宙物理学の計算に応用し、成果を挙げることができました。「CP-PACS」は、PACSシリーズの第6世代に当たります。PACSシリーズの考え方はその後も継承され、2012年2月に稼働した「HA-PACS」は第8世代になります(現在は拡張された「HA-PACS/TCA」として運用中)。

筑波大学計算科学研究センターが推進する「学際計算科学」を牽引するPACSシリーズ「HA-PACS/TCA」。

▲ 筑波大学計算科学研究センターが推進する「学際計算科学」を牽引するPACSシリーズ「HA-PACS/TCA」。
※写真提供:筑波大学計算科学研究センター

このPACSシリーズは、ある意味ではレーシングカーのように思われるかもしれません。幅広い分野のたくさんのユーザーを想定した計算機ではなく、特定の分野で優れた性能を発揮することを目指しているからです。しかし、それは“初めに計算機ありき”ではなく、分野は限られるかもしれませんが、ユーザー・サイドに立って開発されていることに変わりはありません。一方の「T2K-Tsukuba」は、より幅広い分野の多くのユーザーが快適に使える高性能な計算機を目指していました。この流れは、2014年4月に運用を開始したメニーコア型プロセッサを搭載する超並列クラスタ型の「COMA」を経て、今回の「Oakforest-PACS」に続いています。ですから、筑波大学計算科学研究センターは、ユーザー・サイドに立つ2種類の計算システムを開発・調達・運用していると思ってください。ややタイトではあるけれどユーザー側と開発側がしっかりと連携しながら開発し続けているPACSシリーズと、汎用性を重視して調達した幅広い科学技術計算分野で効率的に走るシステムの2種類があるということです。

──ユーザー・サイドに立つシステム開発として、最近は協調設計(コデザイン)という考え方がよく聞かれますね。

梅村 さまざまなアプリケーションをより高速で効率的に実行できるアーキテクチャやシステムソフトウェアの開発は重要ですが、それは単に利用者のためのサービスとしてやるのではなく、計算機工学の進歩にもつながっていることが重要だと考えています。ユーザー側に立ったシステム開発という話をしてきましたが、それはただ利用者のために使いやすいシステムをつくることではなく、さらに踏み込んで、計算機の開発側にとっても研究的な成果が挙げられるものであるべきです。そうでなければ、真の意味での協調設計ではないと考えています。双方の研究が発展してこそ、大学の情報基盤センターにおける研究実績になるわけです。かつての「CP-PACS」は、その典型的な成果の一例です。

「学際計算科学」を支えるもう1つのストリーム

──今回の「Oakforest-PACS」のように、2つの大学で共同調達・運用を行うというのは、日本で初めてのことだそうですね。

梅村 大学間での共同調達は、全く前例のないことではありませんが、それは消耗品類や大学内で一般的に使われるようなものを、コストダウンのために一緒に調達しようというレベルの話です。数十億円にも及ぶスーパーコンピュータを、2大学の予算を合わせて調達・導入・運用した事例はこれまでありませんし、常識的に考えれば、想像もできないようなことです。T2Kの延長で、「もう1度共通仕様で導入しよう」というのであれば、それほど難しいことはありませんが、さらに踏み込んで「一緒に1つのシステムを導入しよう」ということですから、大学にとっても想定外であり、文部科学省にとっても大きなチャレンジ、大きな躍進だったと思います。これは両大学の前のセンター長がご苦労された功績ですが、とにかくできるかどうか大学側に掛け合い、説得し、大学間で協定を結び、ようやく合意を取り付けることができました。これが今回の「Oakforest-PACS」導入でいちばん大変なところだったと思います。

──筑波大学計算科学研究センターは、これまで計算機科学をベースに、基礎科学を中心とした計算科学の推進に力を注ぐ「学際計算科学」という独自のアプローチを展開してこられましたが、東京大学情報基盤センターとのミッションの違いは、調整に影響しませんでしたか。

梅村 ユーザー・サイドに立って、最新の高度な計算性能を持つシステムを活用した科学研究を先導していきたいという基本的な考え方は、東京大学側も共通しています。扱うアプリケーションの範囲は、応用分野や産業分野などを広範にカバーする東京大学情報基盤センターの方が広いのは確かです。それに対して、私たちがPACSシリーズを中心に展開している学際計算科学では、素粒子や宇宙などの基礎科学を中心に、ある程度領域を絞り込み、その分野でできる限り高い性能が得られる計算システムを構築するという取り組みを続けています。しかし、「私たちは2種類の計算システムを運用している」と先ほどお話しした通り、「Oakforest-PACS」は、PACSシリーズとは別の流れで、これまでの「T2K-Tsukuba」、「COMA」に継承されてきた、幅広いユーザーに快適に使ってもらえる効率のよい計算システムを提供することを考えて導入されました。また、産業分野も視野に入れています。その意味では、東京大学側のコンセプトと大きな違いはありませんでした。調達・導入に関する話し合いも、スムーズに進んだと思います。その一方で、私たちは協調設計を強く意識したPACSシリーズの流れを今後も継続し、「HA-PACS/TCA」に続く次の世代の計算システムの計画も進めています。

「京」とポスト「京」をつなぐ「Oakforest-PACS」

──共同調達・運用によってスケール・メリットも得られます。その点でも「Oakforest-PACS」の導入は、筑波大学にとって意味のあることといえますね。

梅村 これは2大学にとってだけでなく、日本のHPCIの将来にも大きく関係することです。これまで最高性能だった「京」の実効性能は約10PFLOPSですが、次に開発されるポスト「京」は、EFLOPS(エクサFLOPS)に近づくといわれています。比較的長い年数を経て、性能が一気にジャンプすることになります。一方、現在の各大学や研究機関が保有している各計算システムの性能は、せいぜい数PFLOPSです。大規模計算におけるスケーラビリティのことを考えると、このままではポスト「京」が実現したときにジャンプが大き過ぎて、ユーザーが効率的に使えない可能性があります。今のうちから、ストロング・スケーリングに耐え得るプログラム開発を、少しずつ進めていくことが求められています。この問題を解消するためには、「京」とポスト「京」をつなぐスーパーコンピュータが必要です。そこで前センター長らが考えたのが、「東京大学と筑波大学の予算を合わせれば、その役割を担うシステムができるのではないか」ということでした。予算を一本化して、「京」を超える「Oakforest-PACS」をつくりたかった理由の1つが、そこにあったわけです。この問題があったからこそ、2大学共同調達という難題にあえてチャレンジしたといってもよいかもしれません。

──その結果、「TOP500」で6位に認定され、国内最高性能を更新することができました。

梅村 日本一になったことで、広く一般の方々にも注目してもらい、目を向けていただくことができたということは、実はとても重要なことです。「京」やポスト「京」が、国の事業として進められているわけですが、実際にはそれだけで計算科学の研究が進められているわけではありません。今回、大学でも世界トップクラスの計算機、世界的な研究成果を達成できるような計算機をつくることが可能であることを示せた点に大きな意味があります。今後は、これを武器に、サイエンス分野で世界を相手に闘っていくことができます。もちろん、私たちは「京」を抜いたから偉いなどとは思っていません。「Oakforest-PACS」は、新しい技術をゼロから自分たちで開発したシステムではなく、コモディティ技術を基に組み上げたものだからです。もちろん、アーキテクチャなどは考えましたが、開発費がそのまま乗るわけではないので、「京」やポスト「京」に比べれば、予算も少なくて済みました。「それでも国内1位になれるなら、高い予算と時間をかけてナショナル・フラッグシップ・システムに取り組む必要はないのでは」というと、そうではありません。ナショナル・フラッグシップ・システム開発には、1位になることより重要な意味があります。日本の技術力の継承と向上という、大事な役割があるのです。計算性能でトップをとるだけなら、海外のチップを買えばよいのですが、そうして日本の技術開発をやめてしまっていいのかということです。かつては“半導体大国”と呼ばれた日本ですが、現在は世界に後れをとっています。だからといって技術開発を途絶してしまったら、そこで終わってしまいます。日本の“売り物”は、何といっても技術力です。日本の技術開発の灯を消さないためにも、ナショナル・フラッグシップ・システムの開発は必要であり、その一方で、例えば今回の「Oakforest-PACS」のように、コモディティ技術を使った高性能システムを効率よく運用して、多くのユーザーに活用してもらい、世界的なサイエンスの競争に勝つことも大切です。この2本立ての戦略が、日本の将来のために重要だと考えています。その意味では、「TOP500」6位ではありますが、「Oakforest-PACS」の性能は世界で学術的成果を挙げるために貢献できるレベルに達しています。しかも、日本は米国や中国で行われているような軍事的用途はほとんどありませんから、実質的には科学技術計算に特化して活用できるわけです。それを考えれば、実質的にはさらに上位のシステムに迫る計算資源を手に入れたといっても過言ではありません。一方、国内の現状に目を向けると、「京」は国家戦略の要請を受けて、ライフサイエンスからものづくり、ナノテクノロジー、地球環境、防災など、ありとあらゆる分野の研究に活用しなければいけない計算機です。ある分野に集中的に力を注ぐという使い方は難しい状況です。しかし、「Oakforest-PACS」は、「京」に比べれば分野もプロジェクト数も小さいですから、「本当に重要なプロジェクトだ」と判断した場合は、一定期間、全ノードを占有して計算を行うことも可能です。今やれば世界のトップに立てる、画期的な世界的発見につながる、そんな研究を優先的に扱うこともあり得る話です。また、そうした使い方ができることが、このシステムの魅力の1つでもあります。

次の時代を拓く新たな技術開発も重要なテーマ

──その意味でも、「Oakforest-PACS」は、オールジャパン体制で計算科学の発展を支えていこうというHPCIの取り組みに大きく貢献するシステムになりますね。

梅村 今までのHPCIは、「京」を中心として大学などが保有している計算資源をHPCIとして提供していくという考え方でしたが、「Oakforest-PACS」は、それだけにとどまらず、2つの機関が予算を束ねて世界的な競争に勝てるシステムをつくるという今までにないチャレンジを行い、そういうことが可能であることを実証したことに大きな意味があり、この点も高く評価してもらえたと思っています。東京大学側も筑波大学側も、それぞれミッションや考え方に違いはありますが、その違いを乗り越えて、共同で「Oakforest-PACS」を運用するという新しい取り組みを成し遂げたわけですから、さらに今後もJCAHPCという基盤施設を活用しながら、一緒にやれることは何かを考えていきたいと考えています。「Oakforest-PACS」ができたから、それで終わりではないということです。人的な交流なども含めて、この先も進めていきたいと思っています。
 その一方で、先程もお話ししましたが、筑波大学計算科学研究センターとしては、HPCIユーザーも含めた多くの利用者が効率的に使えるシステムを構築していくというストリームに加えて、PACSシリーズに象徴されるような、次の時代につながる技術開発というストリームも継続的に力を注いでいきたい考えです。新しい技術開発へのチャレンジは容易なことではありませんが、これを閉ざしてしまうと、未来はありませんからね。そのために、私たちは次の時代を切り拓くアーキテクチャを見据えながら、具体的なアプリケーションを使ってどれくらいの性能が出るか、ベンチマーク・テストのようなこともすでに始めています。次の時代、さらにその先の時代のことを考え、先行して技術開発を進めていかなければ、技術開発はそこで終わってしまいます。筑波大学計算科学研究センターとしては、PACSシリーズの開発に脈々と受け継がれてきた計算機科学分野のチャレンジも、忘れてはいけない重要なテーマであると考えています。

2016年12月2日、「Oakforest-PACS」運用開始記念式典でのテープカットの様子

▲ 2016年12月2日、「Oakforest-PACS」運用開始記念式典でのテープカットの様子。右から2人目が永田筑波大学長、1人目が梅村さん。
※写真提供:JCAHPC